50日目

オナ禁のブログのはずが気づいたら逸
れた内容になっていることも少なくは
ない。
休むことなく書き続けることに意味をみ
いだして続けてきたけれど、話題が乏し
い中いたずらに惰性で毎日更新し続ける
ことに意味があるのだろうか。
自分が何かしら情報発信したくなった時
にまた更新していけばいい。
毎日続けることの意味はかなり大きい
がそれはあくまでも内容があってのこ
とだ。
価値を見出せない内容で見切り発射する
のもいかがな物かなと思うしだいだ。
とは言うものの正直それほど熱心にブロ
グに向き合っているのかというとそんな
こともない。
もともと日記の延長のようなものとして
始まったのだから。
自分が残したいと思ったら更新していく
ことにしよう。

49日目

オナニーをしなくなって分かったのはや
っぱ自分はしないほうが良いという事だ

他の人はどうか知らないが自分の場合、
のめり込んでしまって廃人のような感覚
におちいり身体的に深く疲弊し精神的に
も健全な心が蝕まれていく。
そんなことを考えるのは僕だけかも知れ
ないが、みんなそこら辺をよくセーブし
ているなと感心する。
おそらくそんなに否定的にとらえるのも
個人的に偏った認識によるものだとは思
われる。
それを見つめて解消するか一つの個性と
してうまく付き合っていくのかは今後の
課題として残しておきます。
読書をするようになったけど、スピード
が遅くて一日一冊がせいぜいだ。
慣れていないからしかたないが徐々に
速くなっていくだろうと期待したい。

 

48日目

レーニングのし過ぎで筋肉痛がものす
ごい。朝起き上がるのも億劫なほどだ。
こんなことは何年ぶりだろうか、記憶を
だどってもすぐには思い出せない。
筋肉痛といえば昔は心地よい痛みとして
受け止められたが、慣れないとさすがに
堪える。
40歳になる前に体の代謝が変わって生
理的な変化があった。
寒さに弱くなってハードな肉体労働が辛
くなってしまった。
体を酷使すると回復に多くの時間を要し
た。
ちょうど老眼が始まったのもそのころで
ある。
今は50を過ぎてその時よりもさらに老
化しているわけで、このような男に魅力
を感じる女性がいるというのも不思議な
話である。

47日目

オナ禁は淡々と続いています。
特筆すべきことは探してもない。
今日はめずらしく外出はしなかった。
読書と瞑想とyoutubeで暇をつぶす。
時間が余っているからなのか、感染症
政治のことなど前は考えられなかったも
のに興味を持つようになってきた。
暇すぎると勉強しだすのかもしれない。
そういえば古代ローマ時代に哲学が生ま
れたのも奴隷がなんでもするので暇にな
ってしまったからだというのを聞いたこ
とがあるが本当だろうか。
この珍しい時間を真面目に有効活用しよ
うなどとは思わないが自然と勉強するよ
うになってきた流れにのってみようと思
う。

46日目

意識的に変化を起こさなければ今日とい
う日はあまり変わってこない。
そんなことを言うようになったのもオナ
禁効果があまり感じられなくなってしま
ったからだろうか。
いつもなら床屋に行く時期だがこのご時
世しばらくは諦めるしかないかな。
いまさらながら感染症対策に次亜塩素酸
水の水溶液を加湿器に入れ空間除菌して
みたらアレルギー性鼻炎が収まった。
これまで気づかずに生きてきたが、大き
な発見だ。
それがあまり大きなこととして映らない
のは感染症のせいで世界が変わってしま
ったせいだ。
この生活環境の移り変わりにどんな意味
があるのかは今はまだ良くわからないが
有事であることは確かである。
おそらくオナ禁効果をしのぐ意識改革が
おのずとやってくることになるだろう。
いずれにしても、楽しみだ。

45日目

これと言って変わりはなかったが、一つ
すれ違いざまに女性の目を見つめる事は
あった。
体のほうは健康そのものである。
性欲も出しゃばらないでいる。
精神的にはマインドフルネス瞑想のおか
げか不安になることもなく過ごせている。

44日目

オナ禁44日になるが、これで何回目の
44日目になるのか、毎回新鮮であれば
いいんだけど、意識的に新しい挑戦をし
ていかない事には惰性で終わってしまう。
惰性でもまったく効果がないわけではな
いが満足のいくものではない。
オナ禁効果という物も人それぞれだと思
うし、僕の場合はこうしていこうという
だけの話である。

毎日、女性と何かしら言葉を交わすこと
は意識的に続けていこう。